天草で「ひとり農業」10年。無理ゲーを自分の正解に変えるまで
航空会社の整備士・事務方を経て、45歳で天草へ移住し10年 。2026年の今、なぜ日本の農業は新規就農者にとっての「無理ゲー」となったのか 。所得ノルマの矛盾、大家族経営を前提とした労働モデルと現代のズレ、そして産業間に横たわる不条理を元会社員の視点で紐解く。
2026年最初の配信は、航空業界から農業という異色のキャリアを歩み、天草で10年を過ごした夫のリデザインドライフです。航空会社の整備士・事務方を経て、45歳で早期退職、その後、熊本・天草へ移住した彼が農業の現場で見つめ続けてきたのは、行政の描く「目標」と過酷な「実態」との決定的な乖離でした 。
なぜ今、日本の農業は新規就農者にとっての「無理ゲー」と化してしまったのか。元会社員ならではの冷静な分析で、食の基盤を揺るがす構造的な矛盾を紐解きます。
「もっと作れ」の号令が空回りする理由
昨今、日本中を騒がせた米不足は、もはや一時的な不作という言葉では片付けられない問題だ。長年続く「米離れ」による需要減と生産調整の結果、需給のバランスが制御不能になっている。その結果、米の価格は高騰。2025年は、JA阿蘇がこれまでにはあり得なかった1俵(60キロ)3万円という高い概算金をつける事態にまで至った。
国は「もっと作れ」と号令をかけるが、肝心の現場には、多大なリスクを背負ってまで参入する「プレイヤー」がもはや存在しないのである。
この歪みは身近な「お茶」にまで波及している。今、海外での空前の「抹茶ブーム」を受け、行政は煎茶の10倍以上の高値で取引される輸出用の抹茶(てん茶)への転作を強力に推奨している。
収益を求める農家が一斉に抹茶へ流れた結果、皮肉なことに国内では「お〜いお茶」などのペットボトル飲料に使用する安価な茶葉が不足し、飲料価格の上昇を招いているのだ。
こうした状況を見て思うのは、行政の目標設定が、民間企業の業績目標に近い「輸出額」や「所得向上」といったKPI(重要業績評価指標)に偏りすぎているのではないかということだ。本来、行政の役割は輸出額を競うことよりも先に、国内への安定供給の確立にあるはずである。この戦略的な掛け違いが、日本の食の基盤をかえって脆弱にしているように感じる。
所得250万円の「ノルマ」の正体
こうした行政の戦略的なズレは、現場の農家に押し付けられる「所得 250万円」というノルマに直結している。認定新規就農者の基準とされるこの数字を確保するには、経費率を 50%と仮定すると、年間 500万円以上の売上が必要になる。この「50%」という数字は、決して経営の放漫さを示す異常値ではない。
過去30年、肥料や農薬、燃料、さらには出荷のための包装資材といった不可欠なコストは確実に上昇し続けている。さらに、機械やハウスの維持・修理費もすべて自己負担であり、これらが着実に利益を圧迫する。むしろ、現代農業の構造的な高コスト体質を反映した、現実的なラインだ。
私の育てる不知火(デコポン品種)に換算すると、この数字がいかに非現実的かが鮮明になる。1キロ 600円の高単価な「デコポン規格」だけであれば約 8.3トンの収穫で済むが、現実はそう甘くない。どうしても規格外品や、1キロ数十円にまで買い叩かれるジュース用の実が出てしまう。低単価な実の割合が増えれば、目標金額に届かせるための総収穫量は膨れ上がり、実質的には 15トンもの山を築かなければならなくなる。
さらに、行政のモデルが想定しているのは、かつての「父ちゃん、母ちゃん、じいちゃん、ばあちゃん」家族4人の労働力が揃っていた時代の話だ。今は共働きが当たり前であり、私の妻も自身の仕事を持っているので、私は「ひとり農業」を選択した。
だが、15トンの山を一人で収穫・選果し、出荷し切る作業を、行政の定める「1日 6時間程度」に収めるのは物理的な限界を完全に無視している。人手を雇えば経費率が跳ね上がり、さらなる売上目標が必要になるという悪循環に陥るのだ。
個人の努力を無力化する気候変動のリアル
無謀なノルマに加え、追い打ちをかけるのが急激な温暖化だ。天草でも、不知火の実がオレンジ色に色づかない「着色不良」が深刻化している。糖度は十分なのに、夜間の気温が下がらないために色が回らないのだ。
これは農家の技術不足ではなく、気候そのものの変化によるものである。また、温暖化により害虫の活動期も長くなり、従来の散布計画では防除しきれない事態も起きている。
50代半ばを過ぎ、五十肩や腰の痛みに悩まされるようになった私の体には、過酷さを増す夏の屋外作業も命がけだ。これらはもはや、個人の努力や気合いでなんとかなる範囲を完全に超えている。
この10年で私が身をもって実感したのは、行政が示すデータのベースが、先祖伝来の土地や家族の無償労働、培われた販路を持つ「80点以上の既存農家」の見えない資産の上に成り立っているという事実である。たとえるなら、知識も経験もない新卒社員に対し、「5年で一人前のプロとして完璧に仕事を回せ」と強いるようなものだ 。現場を知る身からすれば、そのこと自体が制度としての致命的な欠陥なのである。